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『ガラスの仮面』を考察してみた 鷹宮紫織は最終兵器彼女なのか?

『ガラスの仮面』を考察してみた -頬や手に触れる意味-」の続きです。今回は『源氏物語』との関係を考察しました。

鷹宮紫織は最終兵器彼女なのか?

「速水真澄の婚約者はなぜ鷹宮紫織という名前なのか」をヒントに、ガラスの仮面の今後の展開を考えてみたいと思います。たとえば「しおり」という名前を変換すると一般的には「詩織」「汐里」などの漢字が表示されます。

「紫」という漢字を使った「紫織」という名前は、私のパソコンではかなり下位に表示されます。使わないわけではないけれども、レアな紫を使って「しおり」とネーミングした点に、美内すずえ先生のこだわりを感じます。

なぜ鷹宮紫織という名前にしたのか。私はその鍵は『源氏物語』の研究に登場する「紫のゆかり」ではないかと仮説を立てています。これはあくまで私の見解ですが、 

  • 北島マヤは『源氏物語』の紫の上。
  • 速水真澄は光源氏。
  • 鷹宮紫織は女三の宮。

という対比がされているかもしれません。

光源氏が病気療養をしていた推定18歳頃、当時10歳くらいの美少女・紫の上に出逢います。紫の上が継母からいじめられないようにという名目で、親代わりとして彼女を屋敷に迎え入れます。ガラスの仮面の場合は北島マヤが13歳の時に速水真澄が24歳の青年でした。紫のバラの人として少女だった北島マヤの面倒を陰ながら行なっていたことを考えれば、年齢差からも『源氏物語』の設定を取り入れたように見えます。

 速水真澄の婚約者・鷹宮紫織は当初、家柄も育ちもよく、心優しく美しく知性も高い女性として登場します。北島マヤがいかに演劇の天才であっても大都芸能の社長・速水真澄の配偶者という争いではかないません。二人の王女が終了した単行本28巻以降、鷹宮紫織はしばらくは顔が描かれません。そして速水真澄は鷹宮紫織との見合いを断るチャンスが有ったのに、北島マヤへの想いは一生かなわないと思い込み、断りません。

小学生の時に不思議に感じたのは、鷹宮紫織の祖父が世界的な広告代理店のトップで「鷹宮天皇」と呼ばれていることでした。日本でいかに成功しても自分の名前に「天皇」をつけて第三者に呼ばせる人を私の知っている限りでは見たことがありません。当時、小学生でしたがこの設定に違和感を感じていました。

私見ですが、もし鷹宮紫織が『源氏物語』の女三の宮(皇女)に対比させられているのであれば、彼女の祖父が「天皇」とあだ名される漫画上の設定はありえます。

もしも美内すずえ先生が単行本28巻以降(紫の影 以降)で源氏物語を意識してストーリー展開を考えたならば、

  • 速水真澄の王子様性が失われて中年化した描き方になっていったことも、
  • 鷹宮紫織が非の打ち所のない美女として北島マヤに立ち塞がることも
  • 未刊行原稿において、北島マヤが速水真澄との関係性に悩んで阿古夜の演技がうまくできなくなっていたこと

等が表面的にはつじつまがあいます。

『ガラスの仮面』は『源氏物語』に似ている?

単行本36巻では梅の里でずぶ濡れになった北島マヤ。速水真澄は着ていたトレンチコートを脱いで彼女に着せます。山小屋では北島マヤは服がずぶ濡れだったので、速水真澄の提案で服をストーブで乾かしている間、トレンチコートを羽織って彼と退治しています。

本音をストレートに伝え会え切れなかったあと、朝、北島マヤは速水真澄にトレンチコートを返します。そのトレンチコートを着た速水真澄は車の中でマヤの残り香に気が付きます。彼の感性はトレンチコートの残り香からマヤに抱きつかれた感覚を脳の中で再現します。彼女がいなくなった後、車の中で切なくて悶々とした想いをします。この場面は紫式部『源氏物語』の「空蝉」の場面に類似しているのではないでしょうか。

空蝉の巻をかなり大雑把にはしょると、「主人公・光源氏は10代の時、未亡人の女君(空蝉)のところに夜、偲んでいきました。しかし、部屋に残されていたのは空蝉のような着物だけだった」という内容です。光源氏は女君の生身の肉体がなかったことで、彼女の思慮深さや大人の女性の魅力を着物から感じていたように記憶しています。

ガラスの仮面の場合は当時、速水真澄が推定31歳 前後。北島マヤが推定20歳 前後。源氏物語とは男女の年齢差が逆です。しかし速水真澄が北島マヤにだけは初々しい青年のような表情を見せることを考えれば、空蝉の巻の青年・光源氏のように描かれているのかもしれません。この場面を読んだ際、速水真澄の「トレンチコート」に隠された意味があるのではないかと気になっていました。※記憶違いかもしれないので、後ほど確認して修正します。

漫画「ガラスの仮面」の中では速水真澄と北島マヤが二人きりになったシーンで、速水真澄が着ていたトレンチコートまたはスーツを北島マヤにはらおせるシーンが複数あります。

  • 単行本36巻〜37巻の梅の里の場面、
  • 単行本47巻のアストリア号

が印象的な場面でした。

物語の中では一年後に相当するアストリア号の甲板。この時も速水真澄は北島マヤにトレンチコートをかけます。海風で速水真澄は北島マヤが寒いのではないかと心配したためです。一年後と判断したのは、梅の里で二人きりになった問と同じ夏の大三角形などがアストリア号から見えていたからです。

ここで気になるのは速水真澄がなぜ都会の初夏なのにトレンチコートを持参して船に乗ったのかです。船の上は風が強いから、という理由を考えましたが、他の乗客の服装は長袖か七分袖。船上パーティが行われているのでフォーマルな服装をしている男性はいますが、速水真澄のようなトレンチコートを着ている人は見かけられませんでした。

翌日の早朝、海から風が吹く中、北島マヤは速水真澄のトレンチコートを使って、紅天女の演技をします。速水真澄のトレンチコートをいとおしそうに頬ずりすることにより、速水真澄は北島マヤに愛されていることを感じ思わず彼女を抱きしめます。美内先生がトレンチコートを速水真澄の肉体の隠喩として演技させるという展開にした結果、源氏物語の空蝉とは対照的な展開になっています。

 

トレンチコートという隠喩

速水真澄が「寒いだろうから」と心配して北島マヤにトレンチコートをかけたがるには理由があるのではないかと気になっていました。おそらくガラスの仮面の読者はその次の日の朝の「日の出の最中に北島マヤが阿古夜を演じる場面で効果的にトレンチコートを使うために作者は速水真澄がトレンチコートを持参するようにした」と答える方が多いのではないかと推測をしています。

それは演劇効果を考えた上で正しいことだろうと推測していますが、過去にも速水真澄が北島マヤにトレンチコートやスーツを頻繁に寒さよけという理由ではおらせているので、「北島マヤにトレンチコートをはおらせる」という恋は何かを隠喩しているのではないかと考えています。

というのは、梅の里で桜小路優が北島マヤに自分のジャンパーを寒いからとはおらせた際に、速水真澄は激しく嫉妬をしているからです。彼は北島マヤに上着をはおらせるという行為に大人の男性として女性を守るという恋人のような感覚をいだいているのかもしれません。

単行本37巻の山小屋を出た後の車中シーンでは速水真澄がトレンチコートの残り香からマヤとの抱擁を思い出します。香り(嗅覚)から彼女が自分を抱きしめた時の感覚(触覚)を脳が再現。速水真澄は身も心も切ない気持ちになります。そして単行本47巻では北島マヤが阿古夜の演技の中で速水真澄のトレンチコートを愛おしそうに抱きしめました。

速水真澄は自分が北島マヤに抱きしめられたような気持ちがして、感情を理性で抑えることが難しくなります。単行本37巻ではコート=北島マヤの肉体の隠喩(メタファー)となり、単行本47巻ではコート=速水真澄の肉体の隠喩(メタファー)となっています。手を相手の頬に差し伸べる行為も同様。単行本37巻では速水真澄が北島マヤの頬に増えかけて手を引っ込めてしまい、単行本47巻では北島マヤが背伸びをして速水真澄の頬に触れます。

似たような事が起きていますが、行動の主体が入れ替わっています。そして同じ事が繰り返される中で2人の感情がだんだん変化している点が興味深いところです。一年前には夏目漱石「明暗」との類似を指摘しましたが、速水真澄が内心で愛しい北島マヤにコートをかけたがるのは、ある古典文学のモチーフと似ていると感じています。そのモチーフはガラスの仮面の中にも登場しています。

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著者プロフィール

片岡杏実(Asami Kataoka):
元パソコンインストラクター。現在はキャリアコンサルタント。

当ブログでは、「教育」「ICT(アプリ含む)」「キャリア形成」を中心にお伝えします。 発言は個人的な意見であり、所属組織とはなんら関係ありません。

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